ヒューマンライツ情報ブログ「Mの部屋」57 部落解放運動の先駆性

 私の職場である「公益財団法人反差別・人権研究所みえ」のメインミッションは、差別や人権侵害の解消に適切で有効な政策を三重県や市町といった自治体をはじめ、然るべき組織に差別や人権侵害の解消に適切で有効な政策を提言し、それを実現させるることです。これまでこのブログで紹介してきたような「人権施策」なども、その一つです。

 そして、提言する政策は、法人のメイン事業の「調査・研究」で積み上げてきた差別や人権侵害の現状と課題を元に導き出します。「調査・研究」は、マイノリティを対象とした差別被害に関する調査(アンケートやヒアリング)、学生を対象とした部落問題認識や学習経験、インターネットの利用状況や人権侵害被害の実態に関するアンケート、特別支援学校にお子さんが通う生徒の保護者を対象とした「障害」者差別の被害体験アンケート、県立学校の校則の収集、教職員対象の性的マイノリティに関する意識・実態調査、20代や30代の青年や保護者を対象とした部落差別被害調査等、この間、実施してきている調査は、多岐にわたります。

 研究では、若者の部落問題認識、マジョリティ特権、アンコンシャスバイアス、マイクロアグレッション、新たなマイノリティ問題、コロナ禍での差別論の更新、性的マイノリティへの差別解消に向けた法整備の必要性、部落問題学習の現状と今後など、これも多岐にわたります。

困りごとや悩みごとを知る・聞く・集める

 調査・研究の一つひとつがとても大切なテーマですが、とりわけ「差別被害」に関してはかなり重視しているところです。対象者を設定した後は、それをどこに、誰に、どのように依頼すれば実現できるのか、集めたい事例をどうすれば適切に集められるのか、一つひとつを丁寧に検討しながら、関係先と調整していきます。

 調査やアンケート、ヒアリングを実施する場合、「差別を受けた経験を教えてください」と聞いても、こちらが求めるような事例が出てくるとは限りません。対象者が「差別」をどのようにイメージしたり定義づけしたりしているのかによって変わってしまうこと、実は差別被害なのに、それを差別だと認識できていない場合には、出てこないこともあります。なので、聞き方としては「マイノリティ性に関わって、困ったこと、悩んだこと、傷ついたこと、腹が立ったこと、嫌だったことはありますか」と聞くことが適切だと思っています。

困りごとや悩み事を解決する政策を導き出す

 「部落解放運動が日本の人権運動の先駆者である」。このような話を多方面で教えていただいています。それは具体的にどういうことなのか、私なりの考えを書いてみたいと思います。

 まず、現在も何が大切にされているのかというと、被差別部落住民が「困っていること・困ったこと、悩んでいること・悩んだこと、傷ついたこと、腹が立ったこと、嫌だったこと」を、運動側が調査をしたり、ヒアリングをしたり、相談を通じて収集している・収集してきたことです。運動関係者や隣保館職員などが日常的に住民との豊かな関係性を築き上げる取り組みを通じて、簡単に人には打ち明けられない困りごとや悩み事を言葉にできる状態をつくり上げてきたことです。

 子どもや孫に関して保育園所や学校関係で何に悩み、何に困っているのか、それが学力であったり、友人関係であったり、学校の教育活動であったりするわけです。「うちの子、学校の勉強にようついて行かれへんで、教室にも入ってないみたいやし、家でも勉強せーへんし、人と喧嘩ばっかりしてくるし。そやのに先生や学校は何もしてくれへんわ」「学校の先生は、私らに子どもの勉強みよみよいうけど、字もわからへんのに教えられるわけないやないの」「保育園の先生は、絵本を読んだれってしょっちゅう言うてくるけど、字読めへんわしらには酷やわ」「学校へ行かしたいけど、うちらお金ないで、ようやれんわ」みたいなことです。

 被差別体験であれば、自身や家族に関わる結婚差別や身元調査被害、就職差別被害などです。「部落いうだけで今、うちの子が結婚を反対されているんやわ」、「なんや、子どもが結婚したい言うてる相手の親が、私らのことを調べて、部落やってわかったみたいで、結婚させへんて言うてるらしいわ」「子どもが働きたいいうていった会社の面接で、親の仕事のことや、年収や、家族構成まで聞かれて答えたのに、結局は落とされたわ」みたいなことです。

 このような住民が抱えさせられている差別の現実は、住民自身が差別である、差別の結果であると受け止められているとは限りません。だから「総合相談事業」と隣保事業は銘打って、困りごとや悩み事を全て受け止めるところからスタートをしてきたことで、住民としても「なんでも相談してええ」というところから、「差別の現実」が明らかになってきたわけです。

 このような差別の現実は、当然ながら部落問題に限らず、「障害」者や家族、海外にルーツのある人、性的マイノリティ、ハンセン病元患者や家族、HIV陽性者等においても、さまざまな困りごとや悩み事を、多数派に優位な社会、差別が現存する社会で遭遇させられています。何を提案したり何を求めたり、何を実施するのも、この差別の現実、困りごとや悩み事が明らかにならないとスタートできません。

 部落解放運動は、こうした困りごとや悩み事を表面化させてきただけではありません。困りごとや悩み事を解消するための政策を導き出してきました。

 子どもたちに関する困りごとや悩み事では、教科書無償化、奨学金制度の創設、自治体において人権・同和教育の推進を分掌にするセクションや係の設置、教育集会所や児童館の建設と事業展開、就学前では開放保育の展開や家庭支援推進保育士の設置、学校では人権・同和教育に関する加配教員の配置や人権・同和教育担当者の設置、合宿形式を含む学力補充のための事業展開等々、多種多様な政策を導き出してきました。

 差別被害については、就職差別の禁止に向け、労働基準法の改正による採用前や採用時における差別の禁止の明文化(第3条 労働者の国籍・信条又は社会的身分を理由とした、賃金・労働時間・その他の労働条件の差別的取扱を禁止)、100人以上の従業員のいる事業所への公正採用選考人権啓発推進員の設置、統一応募用紙の拡充運動などです。

導き出した政策を具体的なかたちにするために

 部落解放運動は、困りごとや悩み事等を解消するための政策を導き出し、それを各省庁や都道府県、市区町村との交渉、国会議員や地方議員への要請や申し入れなどによって政策や事業を実現させる運動を展開してきています。部落解放運動は、こうした取り組みを自ら全て展開してきました。

部落解放運動のこれまでの流れを簡潔にまとめると、

 困りごとや悩み事を把握・収集する→問題解決の政策を導き出す→議員や省庁への要請運動を展開し実現する

 昨今では、オンラインを駆使したネットワークづくりやデジタル署名、情報発信、マスコミ関係者との関係づくり、TVなど番組づくりなどの取り組みが主流になりつつあり、運動としては少し遅れをとっている形です。先進的で柔軟で画期的で有効な問題解決の政策と実現へのプロセスをさらに多様化することが求められています。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

 

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