人権問題を「自分事にする」とは何をどうすることかについて、2回にわけて書いてきました。Part1はこちらで、part2はこちらです。
世界共通の「人権」を最初に謳った「世界人権宣言」では、「①世界中のすべての人が、②生まれもって、③無条件に、④権利と自由を有している」と規定されています。この社会では、「すべての人」に与えられている権利と自由が、マジョリティには保障され、侵害されたり、制限されたり、行使できないような状態に置かれることが、ほとんど起こり得ません。そのような構造などが整っているからです。ところが、マイノリティには、権利と自由が侵害されたり、制限されたり、行使できなくさせられたりする問題が起きており、これらの問題がマイノリティに集中的に酷く不公正が反映することを差別と規定し、こうした問題は構造的であるとされています。「すべての人」に保障されているはずの権利や自由が侵害されるなどの問題が起きるということは、マイノリティを国や政府、社会が「人とみなしていない」とも捉えられる問題が起きています。
Part1と2とは違った「自分事」のアプローチについて書いてみました。
まず、おさらいとして国連「ビジネスと人権」指導原則などで指摘されている「人権リスク」の一部を表にしてみました。
この「人権侵害や人権問題」をもたらすリスクとしてあげられる例について、最近、報じられた事案を紹介していきながらかねていきます。
過重労働
県内某自治体で年間1時間超の時間外労働をしている職員がいたことが今年の3月に明らかになりました。市議会本会議において議員からの質問で、過労死ラインで働いていた職員が、複数いることが明らかになりました。「過労死ライン」とは、月80時間の時間外労働を指し、これを超えると脳・心臓疾患、精神疾患などの健康障害のリスクが高まると言われています。長時間労働は健康被害をもたらすという側面から「健康への権利」とされており、憲法第25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」と規定されていることから、この権利の侵害を地方自治体が行っていたことになります。
賃金の未払い
県内某市の労働基準監督署は、労働基準法と最低賃金法違反の疑いで、クリーニング業者と代表取締役を書類送検しました。送検容疑では、外国人技能実習生が退職する際、会社が預かっていた貯蓄金700万円のうち、100万円しか返還しなかったこと、30~50代の正社員やパート従業員6人に2022年2月1日~6月30日の賃金計300万円を所定期日に払わず、県の最低賃金以上の金額を支払わなかったとされています。給与が適切に支払われないことは、生存権をはじめ、さまざまな権利の侵害につながりかねません。
児童労働
国際労働機関(ILO)によると、2021年の統計で、世界には1億6,000万人の子どもが児童労働に従事させられているとされています。日本に輸入されているカカオ豆の75%を生産しているガーナでは、児童労働が深刻な実態にあるとされています。カカオの生産地だけでも77万人の子どもが働いていると指摘されています。電気自動車に使用されるリチウムイオン電池には、コバルトが使用されています。世界中のコバルトの70%以上が、コンゴ民主共和国で採掘されており、その採掘現場でも児童労働が行われています。中国のファッション大手「SHEIN」は、サプライチェーンで児童労働が行われていたことを明らかにしました。言うまでもなく、「子どもの権利条約」違反であり、「発達する権利」「教育を受ける権利」「健康で文化的な生活を営む権利」などの権利が侵害されています。これからの未来を担う子どもたちが搾取の対象とされています。
労働安全衛生
測量業社と所属する部長は、茂みの中で作業をしていたアルバイト従業員(当時60歳代)に、ハチに刺されないようにするための保護具を装備させなかったとして、労働安全衛生上の適切な措置を怠った疑いがあり、アルバイト従業員はクロスズメバチに数か所刺され、アナフィラキシーショックを発症し、死亡しました。
こうした事例はほんの一例に過ぎず、ビジネス上において、人権侵害が発生している実態はまだまだ潜在化していることが考えられます。
ハラスメント
県内の県立高校の当時61歳の前監督が、練習試合でミスした部員である生徒に対し、昼食をとらせずに2時間にわたり坂道ダッシュをさせたり、ノック中にミスした部員に対しは、3~4メートルの距離でノックをし腕にケガを負わせるなど、ハラスメントや暴力を行っていたこと、また「殴らせろ、殴ってくださいと言え」など暴言を吐いたり、体罰も行っていたことが明らかになりました。
また、別の県立学校でも野球部を担当する教諭が2023年に、練習中にミスをした部員である生徒の頭を平手でたたいた他、腕立て伏せをしていた別の部員の頭を足でつつくなどの体罰を行っていることが明らかになりました。
三重県警は、30代の巡査部長が部下に対し、パワーハラスメントを行っていたことを理由に、本部長訓戒の処分をしたと発表しました。巡査部長は3月18日から6月10日の間、職場などで部下の警察官に対し、怒鳴りつけたり、「どんくさい」などと人格や能力を否定したりするハラスメントをしていたことが明らかになりました。
サプライチェーン上の人権問題
「サプライチェーン」上の人権問題についても無関係な人はそうはいません。例えば、ある商品がコンビニやスーパーに並ぶにあたり、まずその商品の原材料や素材、エネルギーが調達され、物流・配送され、加工業者に運び込まれた原材料等で商品が製造され、再び物流で配送され、小売店に並び、消費者が消費する、この一連の流れのことをさします。このプロセスで、紹介したような権利侵害が自分が働く職場で起きている場合、取引先で起きている場合、権利侵害が発生しているサプライチェーンを通じて販売される商品の消費者である場合、「無関心」でいられても「無関係」ではいられないことがおわかりいただけると思います。
仕事を発注している組織も、自分が所属する組織でこれらの問題が発生していないからいいということではなく、仕事の発注先や下請けの組織においても、過重労働や賃金の未払い、ハラスメントや差別が発生している場合、無関係ではいられない、組織が結果として容認しているということが、「ビジネスと人権」でも指摘されています。「知らなかった」は通用せず、積極的・能動的に差別や人権侵害が自分が所属する組織や取引先で発生していないかを特定する取組が不可欠であり、もし権利や自由の侵害や制限などが発生している場合はただちに停止させ、改善するといった取組を講じない限り、あらゆる組織が無意識に権利や自由の侵害や制限などを容認し、「結果として支える側」に立ってしまうということです。前回、書いたように「地方自治体が人権リスクを助長している」ことについても同様のことが言えます。
また、ビジネス上の問題だけではなく、冒頭に書いたように、マジョリティにはおよばない権利や自由の侵害や制限などの問題が、マイノリティには権利や自由の侵害や制限などが生じる社会構造に、無意識に加担してしまうという点でも、「無関心」でいられても「無関係」ではいられないということです。
生きること、生活そのものが「人権」
こうした「過重労働」「賃金の未払いや不足」「児童労働」「労働安全衛生」「ハラスメント」などは明確な「人権問題」です。こうした国際標準の人権が日本では共有されていません。「健康で文化的な生活を営む権利」「生存権」「教育を受ける権利」「育つ権利」「保護される権利」「差別されない法的利益」「働く権利」をはじめ、さまざまな権利に関する内容です。
「衣食住」は「最低限の生活を営む権利」や「生存権」、「健康で文化的な生活を営む権利」などで規定されています。医療や健康も「人権」そのものです。個別の権利や自由、その総称である「人権」と無関係な人など、この世にいません。
権利や自由について無関心でいられる人は、例えば、マジョリティ性を多く有していることで、構造や制度等で空気のように人権が保障されることが当たり前のなかで生活することができ、人権について気にさせられないし、特に知らなければならないといった必要性を感じさせられることも起きにくいという状態にあるからです。しかし、ここで紹介した人権リスクのような問題が自分自身や家族など身近な人に生じると、無関心ではいられなくなります。ところが体系的に学んだことがなく、無関心であったことなどで、仕方のないことだと我慢させられ、上司にかけあう、労働局等に相談するなどの行動に結びついていかないことが起きています。
このように「無関心でいられても、無関係ではいられない」のが人権問題です。学校などでは教えてもらえない基礎基本的なことから備えていきましょう。
ご覧いただき、ありがとうございました。