
現在の学校は、国語・算数・理科・社会・体育・図工・音楽・英語・情報・道徳など、必須科目が増え、こなさなければならない授業等がとても多い状況にあります。40代の私が小学生の時と比べ、先生の人数が減り、時間的な余裕がなく、「人権」を扱える時間が非常に少なくなってきています。そうした中で、人権課題は広がりを見せ、学ぶ必要のある内容も多様化してきています。こうした中で、今日の部落問題を解消するために必要な学習内容、部落問題を解消するために有効となる学習とは一体どのような学習内容なのでしょうか。
文部科学省は、同和対策審議会答申、部落差別解消推進法、人権教育・啓発推進法と基本計画、人権教育のとりまとめを策定してきていたり、都道府県教育委員会や市区町村の教育委員会では、人権同和教育基本方針といったものを策定してきましたが、具体的な内容面まで踏み込んだものではありませんでした。なので部落問題を解決するための学習内容の全体像や学習カリキュラム、具体的な内容は、学校それぞれで確立されてきた構成で実施されたり、個々の先生が思い描く学習カリキュラムで進められてきました。その中で、江戸時代の身分制や全国水平社、いわゆる解放令、米騒動、渋染一揆などの「歴史」について学ぶことを「部落問題学習」と位置付けてきた学校が出てきはじめ、歴史に触れる質や量にも差があり、それは今も文化として引き継がれています。部落問題を解決するために学ぶ必要のある学習の全体像とは一体何なのか・どのようなものなのか、限られた授業時間で最低限、学ぶ必要のある学習内容とは何なのか、ポイント的なものをあれこれ書いてみます。
1 部落の歴史や運動史等
部落問題の始まりや経過、運動などの歴史について知るための学習(部落差別の起源、江戸時代の身分制度、渋染一揆、いわゆる「解放令」、明治以降スラム化する被差別部落、米騒動、全国水平社の創立、教科書無償化、差別身元調査の規制等の取組、統一応募用紙運動等)
2 部落差別の今
部落差別の現状について客観的なデータやマイノリティの声などを根拠に正確に認識することができる学習(①差別意識=市民意識、②加差別の実態=宅地建物取引における差別・差別身元調査・結婚差別・インターネット上の差別、③部落差別事案、④被差別の実態=マイノリティの差別被害・差別への不安等)
3 国際法規等と権利・自由
世界人権宣言、国際人権規約、各種人権諸条約、ビジネスと人権指導原則等の趣旨を理解し、国際的潮流の人権(権利や自由)についての学習
4 国内法と権利・自由、コンプライアンス
日本国憲法や部落差別解消推進法、人権教育・啓発推進法など、人権・部落問題に関する法令を認識するための学習(部落問題学習の法的根拠、法治国家でありながら慣習や慣行を優先する現状となっており、コンプライアンスに関する学習)
5 社会構造の問題としての部落問題
部落問題を生み出し、維持する社会構造を捉え、改善・解消していくことの意識づけを図るための学習
6 権利の享有主体であることへの認識
自分自身が権利の享有主体であることの認識を促し、権利を行使するための制度等について理解を深めるとともに、他者の人権を尊重しようとする態度を育むための学習
7 差別に抗う態度形成①
差別解消の責任をマイノリティに負わすことなく、能動的に知識や理解を蓄え、問題解決に向けて行動しようとする態度の育成につなげるための学習
8 課題意識の設定①
アンコンシャスバイアスやマイクロアグレッションを理解し、自らの課題意識を設定し、部落問題に関する内容を理解するための学習
9 課題意識の設定②
マジョリティの特権とアファーマティブアクションを学び、部落問題に関する特権についての理解を深めるための学習
10 部落問題リアリティ
マイノリティとの出会いや地域のフィールドワークを通じたリアリティある学習(ただし、マイノリティに被差別体験等を語らせることを当たり前にしないこと、問題解決の責任を押し付けるようなことをしないこと等)
11 部落問題の共通性や普遍性
マイノリティが構造的に置かれる不公正や生きづらさなどについて学び、自分やクラスメイト等の身近な存在が抱えさせられている生きづらさなどとのつながりを見出し、くらしなどと重ね、普遍性を持つものとして部落問題との共通性を見出すための学習
12 差別に抗う態度形成②
差別解消の責任をマイノリティに負わすことなく、能動的に知識や理解を蓄え、問題解決に向けて行動しようとする態度の育成につなげるための学習
13 差別解消への行動・運動
全国水平社運動などの学びを通して、インプットした知識や学習で得た気づき、理解を保護者や住民にアウトプットすることを通じて問題解決の主体性を身につけ、差別を解消していける展望を実感として持つことにつながる学習(子どもたち(学級、地区学習、任意グループ、個人)が通信・新聞などをつくり、保護者や地域住民、他学年、他校に配布する、SNSや動画サイトで発信する、署名活動を行う、保護者や住民を対象に劇をする、これらの取組をケーブルテレビや新聞社等に取材依頼する)
14 誤解・曲解等への反論思考の形成
部落問題解決を遅滞・後退させる意見への批判的思考を身につけられる確かな知識と理解を身につけるための学習
1)寝た子を起こすな論の否定
2)当事者責任論
3)部落分散論の否定
4)不当な一般化の否定
5)逆差別や利権・優遇などの現代的レイシズムの否定
ここで挙げたどの学習も必要だと思いますし、これだけでは不十分だという意見もあるかと思います。しかし、今の教育現場で、この全てを学びを位置づけることは不可能です。何を公教育で学び、何を自発的に学ぶようにするか、あるいは小学校の時に学んでおくべき内容、中学校で学ぶべき内容、高等学校で学ぶべき内容は何なのかも整理していく必要があります。その上で「地域の特性」「学校や校区の文化」などを上乗せ・横出ししていくことが理想だと思います。
いくら優れた教育内容を示すことができても、それが現場で実践されるしくみが不可欠で、それは、まさに今の都道府県や市区町村、校区における取組格差の現状が示しています。また、ここで示した学習内容が学校で取り組まれ、授業で取り上げられる学校の文化の形成と先生たちの育成やスキルアップが必要になります。
ご覧いただき、ありがとうございました。
