2025年12月25日の三重県知事の記者会見において、知事は、三重県庁で外国籍住民を採用しない方向で検討していると表明しました。その理由は、外国籍住民は情報漏洩等に及ぶ可能性があるという理由です。多文化共生と人権尊重の取組について、全国的にも前方を走ってきた三重県で、このようなことを三重県知事が表明する時がくるとは思ってもみませんでした。
今回、知事が検討されている内容は、長年にわたり、三重県があらゆる主体とともに連帯し、一体となって積み上げてきた「多文化共生社会の実現」に逆行するものであり、看過できないものです。三重県は、多様な属性を有する人々がともに生活を送り、経済や文化を支え合うかたちで構成されています。そうしたなかで、多文化共生を推進していく県民のモデルとなるべき行政の長が、職員採用から外国籍住民を排除することを検討していると示したことは、国籍を理由に不当な取り扱いをしてもよいという誤ったメッセージを県民に発信しており、地域社会に甚大な影響を与えかねません。「三重県も日本も共生社会をつくらないと社会システム自体が持続できないので、排外主義・排他主義はとらない。その上で秘匿情報や個人情報をあつかう公務員の採用はよく考えないといけない」と述べられましたが、こうしたことも「排外主義」だと言えます。
知事は、今回の検討をはじめた理由として、会見で「可能性の議論ではありますが」と前置きした上で、県民の個人情報の漏洩、伊勢神宮に賛同するなどのVIPの動線管理、インフラ施設の強度、種苗(新種)開発など、国外に流出してはならない情報を扱う業務に関して、特定の国の法律で情報収集を求めるものが制定されたことを受け、そうした国の方を採用することになると、日本の地方公務員法、守秘義務の間に挟まれ、しんどい思いをする人が出てくるという旨を会見で述べています。「可能性の議論」という知事の憶測であり、抽象的な内容で、市民の権利を制限することになる検討をしはじめたということには、驚きを隠せませんでした。「可能性」で施策を展開していくなら、何とでもやれてしまいます。
しかしながら、三重県内の各市長からは、そのような懸念の声すらもあがってきておらず、「守秘義務で対応できる」と表明される市長も出てきています。百歩ゆずって、知事の言う状態に本当になるのだとしたら、その特定の国の国籍を有する人は、そもそも試験を受けないのではないでしょうか。また、実際に、知事の言う懸念から、県職員に採用されるようチャレンジしようと考えていたら、この法律が施行されたことを受け、板挟み状態になるので辞退するなどの声もないと県庁に確認がとれています。どうやら知事の「憶測」のようであり、事実に基づく検討ではないようです。
他県や県内市の首長がそろって、国籍要件の見直しはしない、現行で問題ないとしているのに対し、三重県知事だけが情報漏洩を懸念している状態は、三重県庁の情報セキュリティが脆弱であるということを間接的に知事が表明しているようにも捉えることができます。万全のセキュリティを構築し、運用している職員に対し、失礼ではないかとも思ってしまいます。
全国知事会の共同宣言に反する見直し
三重県では1999年度から、ほとんどの職種で国籍条項を撤廃してきました。そこから今日まで、外国籍職員による県民情報の漏洩事案などの重大インシデントは、一件すら発生していません。本来、こうした制度を改正する際には、その立法事実となるエビデンスが必要であるにも関わらず、それが一切ないなかで検討されているところに深刻な問題があります。
2025年11月26日、全国知事会は「多文化共生社会の実現を目指す全国知事の共同宣言」を出しました。その内容のなかで、「1.多文化共生の推進」では、「私たちは、国や市町村等の関係者と力をあわせ、日本人と外国人が共に地域社会を築くための多文化共生施策を推進します。事実やデータに基づかない情報による排他主義・排外主義を強く否定します。差別や人権侵害のない社会の実現を目指す姿勢のもと、感覚的に論じることなく、現実的な根拠と具体的な対策に基づく冷静な議論を進め、外国人の持つ文化的多様性を地域の活力や成長につなげることで、地域社会を共につくる一員として包摂し、日本人、外国人を問わず、すべての方が安心して暮らし、活躍することができる多文化共生社会をつくっていきます。」とされています。まず、今回の件に関して、重大インシデントが発生した「事実やデータ」は存在しません。個人情報などの情報漏洩などの問題は、日本国籍を有する職員が発生させた事案は「事実」として存在していることについては、三重県庁のホームページで確認することができます。
知事は、自身も合意し、出された共同宣言を、自ら棄損している状態にあります。
知事会見が招来した排外主義
知事は、「排外主義はとりません。排他主義はとりません。外国人に対する差別や中傷は恥ずべきものであり、許されるべきではない」と繰り返し述べています。しかし、その発言とは裏腹に、SNSの投稿、電子掲示板への書き込み、インターネットニュースへのコメントを見れば明らかな通り、すでに差別やヘイトスピーチを煽動する実質的な「結果」は生じています。私が所属している公益財団法人反差別・人権研究所みえでは、インターネット上の差別や人権侵害投稿のモニタリングを実施しています。2024年12月25日から2025年1月26日では、外国人差別に関する投稿は5件でした。しかし、1年後の2025年12月25日から2026年1月26日では、39件にもおよんでおり、投稿の9割以上は今回の国籍要件の見直しの検討に関する投稿等になっていることから、昨年度の約8倍にもおよんでいます。知事の言葉遣いや態度が、いくら穏健であろうと、今回表明した政策の内容そのものが差別や排外主義を招来し、増幅させる結果となっています。
外国籍住民を「排除」した「みえ県民一万人アンケート」
これまで、人権問題に関する三重県民意識調査が実施されてきていますが、県が税金を投じて行う調査の対象者は、住民基本台帳から無作為抽出する方法で実施されてきました。なので、一見県政下で実施されてきた、「みえ県民一万人アンケート」も同様だと思い込んでいました。三重県民として不覚です。こうなると、知事や県は、外国籍住民は「みえ県民」と判断していないという問題が出てきます。地方自治法では、「市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする」と明記されていることから、外国籍住民は、地方自治体にとって住民であり、県民であるということです。にも関わらず、今回を含め、4回とも外国籍住民を排除してきたという問題があります。排除しておきながら、県職員として採用しないことも検討しはじめているのは、相当に悪質性があると言わざるを得ません。(ちなみに、男女共同参画に関する意識調査においても、選挙人名簿が使用されていることがわかってきました)
マイノリティの権利に関する事柄をアンケートで問う手法自体は、憲法や国際人権規約等で規定されている権利を、世論や市民感情に委ねることになることから、非常に問題があります。権利や自由を保障することは、多数決によって何かを決定されるべき性質のものではありません。
社会学の研究者は、「一般に、回答者が十分な知識を持たないテーマについてアンケート調査を行うと、回答は「どちらともいえない」などの中間的選択肢に集中する「中心化傾向」が生じやすく、また直近のニュースやインターネット上の情報などに強く影響される」としています。最新の「人権問題に関する三重県民意識調査」では、世界人権宣言や人種差別撤廃条約の「内容(趣旨)を知っている」と答えた県民は、15%にも届きませんでした。
また、アンケート項目に関して、問16の「県職員の外国人採用」に関する設問では、県としての「情報提供」が行われています。
〇「世界の中で国によっては、国内外の自国民に対して、法律で自国の情報活動に協力する義務を課す国があらわれるなど、公的な権限を持たない業務においても個人情報などの重要な情報を取り扱う県の業務において、公務員の守秘義務に抵触する事案が発生することが懸念されています」
〇「一方で、現在、人材不足により公務員の人材確保が難しい状況が続いています」
この2つを提示した上で、「公的な権限を持たない業務であれば外国籍職員の採用を続けるべきか」という設問が示されています。
このように、外国の政府の法律や情報漏洩への懸念に関する説明について、〇の前者は128文字であるのに対し、公務員の人材確保が困難といった内容が36文字と、項目そのものが中立性を欠いています。この項目を見た、読んだ「県民」は、この中立性に欠けた内容に強く影響を受ける可能性が高く、結果として回答が誘導されかねないと指摘されています。
情報漏洩が行われる「可能性」という憶測による危険性を強調した上で賛否を問う手法は、あらかじめ、どのような結果になるのかを想定した上で、かつこの排外主義や外国人嫌悪が台頭してきている時世に、外国籍住民を排除した県民の意見を利用し、排外主義政策を民主的な手続きであるという名目で実施されるという深刻な問題を有しています。
憲法や人種差別撤廃条約に関わる問題
三重県庁における情報漏洩等のリスクマネジメントを国籍という属性を理由に、県庁から外国籍の職員を排除しようとすることには法的な問題があります。日本国憲法第98条2項で「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」とし、第99条で「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とされており、憲法で明確に規定されているものです。こうしたなか、人種差別撤廃条約の第2条1項(a)では、「政府機関及び公的機関がすべてのレベルにおいてこの義務を遵守することを確保する」ことを定めており、地方自治体においても、総括所見・勧告を尊重し、実施に努める責務を負っているとされ、人種差別撤廃委員会による日本への総括所見において、公務就任権を認めるよう勧告しています。
国連人種差別撤廃条約に基づく2018年の日本政府審査に対する総括所見(勧告)では、植民地出身外国籍者の地方参政権に言及し、国家公務員への就任も含めた公務就任権の保障を求めています。また、他の外国籍者についても、これに準じて公務就任権を認めるよう日本政府に勧告が出されています。主な内容としては、
①(パラグラフ22)数世代にわたり日本に在留する韓国・朝鮮人に対して、地方参政権及び公権力の行使又は公の意思の形成への参画にも携わる国家公務員として勤務することを認めること。
②(パラグラフ33-e)市民でない者、特に外国人長期在留者及びその子孫に対して、公権力の行使又は公の意思の形成への参画に携わる公職へのアクセスを認めること。
です。人種差別撤廃条約の第2条1項(a)は、「政府機関及び公的機関がすべてのレベルにおいて、この義務を遵守することを確保する」と定められており、これは政府だけでなく、三重県のような地方自治体も総括所見や勧告を尊重し、実施する責務を負っています。
人種差別撤廃条約の有権解釈は、人種差別撤廃委員会にあるとされています。そのため、知事が条約に反していない、勧告内容にあたらないと仮に言ったとしても、それは単なる知事の個人的な見解に過ぎず、何の意味も持ちません。
全国初の包括的差別禁止条例の違反
三重県では、2022年5月に施行された「差別を解消し、人権が尊重される三重をつくる条例(以下「人権条例」という)」があります。
日本国籍を持っていない場合は、県の職員として採用される可能性がなくなるというのは、「職業選択の自由」という憲法で規定されている自由権を制限することになります。その制限が、合理的で必要やむをえない限度の制限であるかどうかが問われます。人権条例では、「不当な差別」について「人種等の属性を理由とする不当な区別、排除又は制限であって、あらゆる分野において、権利利益を認識し、享有し、又は行使することを妨げ、又は害する目的又は効果を有するものをいう」と定義されています。この条文に関する逐条解説では、「正当な理由なく、特定の人種等の属性を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否したり、提供に当たって場所・時間帯などを制限したり、当該人種等の属性を持たない者に対しては付さない条件を付けたりすること」としていることから、今回の知事の検討は、正当な理由なく、国籍という属性のみで三重県職員に採用される機会を制限すると差別解消条例第2条に規定される「不当な差別」に該当します。
また、国籍を含む属性を理由とする不当な区別、排除、制限を明確に禁じ、差別の解消を行政の責務として定めています。
国籍という属性を理由に、職員の採用に制限を設ける方向で制度を見直すことは、人権条例の基本理念および行政責務規定に反し、条例の趣旨に明確に反するものです。
さまざまな主体が排外主義と闘う
知事が表明したことを受け、部落解放同盟三重県連合会、三重県在日外国人教育研究会、公益財団法人反差別・人権研究所みえの3団体連名で、12月30日に、県民一万人アンケートから、今回の件に関する項目を削除することと、国籍条項復活の撤回を求める意見書を提出し、1月13日には記者会見を行いました。12月30日に提出した意見書と同時に、「共同意見書」として県内外の団体に賛同を募り、2026年2月6日現在で、180を超える団体から賛同を得ています。
県内の自治体では、真っ先に伊賀市長が12月25日にコメントを発表し、その後も、桑名市、四日市市、鈴鹿市、津市、松阪市、伊勢市、名張市の市長が見直ししないと表明しました。滋賀県知事と愛知県知事は会見で、外国籍住民の採用を引き続き進めていくと公言しました。
私たちよりも早く、「在日本大韓民国民団」は12月26日に談話文を民団のホームページ上に公表されました。「民族差別と闘う神奈川連絡協議会」「横浜市職員採用の国籍条項撤廃をめざす連絡会」「兵庫在日外国人人権協会」「兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会」「全国在日外国人教育研究協議会」の5団体が連名で12月28日に抗議・要請を、「民族教育の未来をともにつくるネットワーク愛知・ととりの会」は12月29日に質問・要請が行われています。その後も、「全日本自治労働組合」による書記長談話、1月7日には「移住者と連帯する全国ネットワーク」、1月8日に「外国人人権法連絡会」から声明が出されています。東海・近畿の法曹界、中部弁護士会連合会、社会学者からも声明などが出され、個人による抗議も行われています。1月25日には実行委員会が集会を開催されています。
2026年2月6日現在、県内外の仲間とともに、三重県庁前で抗議街宣を行っています。
最後に
「日本全体が右傾化している」というフレーズを、以前から見聞きしているが、果たして本当にそうでしょうか。特にここ数年、政治家が排外主義等を強調し、分断を煽り、平然と歴史や事実を歪曲、人権関連法令を無視する候補者が選挙で当選し公職に就くような状況となっています。私が住んでいる三重県でも確実に、その波が押し寄せています。公職者の態度は、社会や市民にさまざまな悪影響を蔓延させます。何のエビデンスもない、「ただのデマ・あり得ない陰謀論」を真実だと信じてやまない人たちが、ネットに使われ、アルゴリズム、フィルターバブル、エコーチェンバー等の影響により増殖し、誹謗中傷を展開し人を死に追いやっています。それでも行為は止まず、人が死してなお、誹謗中傷を続ける人々。特定の「国籍」を有するすべての人が危険な存在であると公言できてしまう「おとな」たち。これらは、「右」に傾いているのではなく、「下降」していると言えます。「社会の底がぬけた」「規範意識や遵法意識が低下している」「人権水準が下がっている」は、文字通り「下がっている」からです。だから「下降化している」が現状を的確に表現する言葉だと思います。
今日の社会は、ますます人権への取組の重要性が際立っています。今年は、日本国憲法が公布されて80年。憲法の三大原則の一つが「基本的人権の尊重」です。今こそ、声高々に「反差別・人権尊重」を掲げよう。