2022年当初、三重県内にある小学校で総合の授業に招かれました。私をゲストティーチャーとして呼んでくれた先生は、異動前におられた学校でもお世話になり、子どもたちが自分のくらしやマイノリティ性を語り、クラスでありたい自分の姿、伝えたい・知ってほしい自分のことを発信したりカミングアウトしたりして、求める友だち像、こうありたいクラスや学年をめざす実践に出会わせてもらいました。
今回の小学校は、くらしの事実を丁寧につかみとるとか、先生が個々の生徒から悩みなどを聞ける関係をつくるとか、仲間づくりなどの文化がないところ。各クラスで語り合いなどは、あまりできていないなかで、学年としてはじめてのぞむ自分のくらしを見つめ、振り返り、伝えたい自分を語り合うという取組でした。
私が40分程度の時間で、小学校までの自分のくらし、親との関係、友だち関係、自分に向けられたマイクロアグレッション、私の加害経験などについて話します。
例えば、私の祖母は父が4歳で他界していること、祖父は父らに今でいう虐待におよんでいたことなどで、祖父母の存在のないことで、他人がうらやましかった上、多数派の家族構成の子たちからいじられた経験もあり、コンプレックスを抱くようになり、家族関係の話になると、その場から逃げていたこと、長男であることで、時に父から厳しく叱責されることがあり、親の求める長男像を演じてたのが、割と嫌だったこと、目立つのが苦手なのに身長が高く、あだ名をつけられたり、何かと「身長」であれこれさせられたりして、それもコンプレックスだったことなど、もろもろを丁寧に話しています。これに差別問題とのつながりをのせていきます。
その上で、主役の子どもたちに、「今だから伝えたいことはない?」とふります。真っ先に反応したのは保護者が離婚した子。そのことを知らない子たちから、当たり前のようにふられる家族の話に、私と同じく避けているという話。この子は普段、授業で発表をしない子でした。
続いて保護者が小学一年生で自死したことで、毎日、夜に泣いていた子が語り始めました。四年生ではじめて、この話を友だちにできて、それから友だちとの距離が縮まって、少しずつ前を向きはじめていて、それを卒業文集に載せたいと語ります。
この学年では父子が心中をしています。亡くなった子が5年生の時、先生はこの学校に異動し、はじめて出会いました。生前、この子は母と離れて生活しているのは自分だけだと思っていたようで、「他にもいるよ」という先生の言葉に、「それなら自分のこと、話したい」と言っていたようです。それが実現されることはありませんでした。こうした営みは小学1年生から積み上げられるべきものです。
他にもからだのコンプレックスや病気のこと、障害のあるきょうだいのこと、ルーツのことなどを語る姿もありました。私の話がよかったのではなく、日々の先生たちの子どもたちとのどこでつながれているかという関係性、どんな子ども・たちにしたいのかという理想像と、それを実現する具体的な実践があってのことです。
「知られたくないこと」は「本当は知ってほしいこと」について年齢は関係ありません。みなさんは自分の隣にいる人の何を知っていますか。自分の何をどこまで知ってもらえていますか。例をあげると。日本の自死者・ひきこもり・孤独死の7割が「男」だと統計が出されています。学校でのこうした人権・同和教育の営みは、今の社会に必要なことだと思っています。
こんな本がありますので、紹介します。
ご覧いただき、ありがとうございました。