ヒューマンライツ情報「Mの部屋」16 部落差別をなくす営み、今のままでいいですか?(前編)〜部落問題を取り巻く環境は大きく変化しています〜

 これまで学校や行政などで部落差別を解消するための取り組みは、その当時の部落問題を取り巻く現状や課題をスタートとし、何が必要か、どんな取り組みを講じれば差別が解決に向かうのかが検討され、施策や授業や研修などが展開されてきました。

 昨今、部落問題を取り巻く状況は凄まじく変化してきていると思っています。この変化に、差別を解消する営みが適応できているのか、不安な面があっったり、逆に対応しているところでは、これまでにないどんな施策や授業などが展開されているのか、とても知りたい気持ちです。

 今回は、部落問題を取り巻く環境の変化について紹介したいと思います。

1 インターネット上の部落差別の登場と、差別発言やマイノリティ被害発生への不安

 これまで「子どもたちの前で部落問題について触れると、子どもたちの中から差別的な発言をする生徒が出てくるかもしれない心配・不安があり、取り組みにくい」ということを理由に、部落問題について触れてこなかった学校や教師がいました。こうした教師や学校に向けて取り組みが十分でなかったところもある中で、インターネット上の部落差別の登場により、子どもたちがインターネットから情報を得る状況が常態化している中、部落問題に関する知識を学校で与えることにより、インターネットで検索などをして差別的な情報に出会い、差別や偏見を持つことになる子どもたちが増え、差別発言が横行することへの不安、被差別部落にルーツのある生徒がネット上の投稿によって深く傷つけられることへの不安から、ますます取り組みにくい状況が増えているのではないかと想像しています。

2 必須科目の増加と働き方改革により、部落問題を扱う授業時間確保の困難性

 見出しの通り、学校で道徳や英語、ICT関係の科目が必須となり、総合などの時間の確保が困難になり、部落問題について生徒や保護者が自分につながる問題として捉えられるような学習の質や量、部落差別をなくす行動につながるようになるための学習の質や量などが、学校で道徳や英語が必須になり、総合などの時間の確保が困難になっている状況となっているのではないかと想像しています。インターネット上の部落差別が年々悪化している状況にあるのにです。文部科学省から求められる科目などは「足し算」ばかりで「引き算」がないため、現場の負担は増すばかりです。

 また、「働き方改革」がスタートしました。先生たちの労働時間が異常に長いことについては当然、改善していかなければなりません。一方で、時間外に家庭訪問や地域、隣保館に出向き、人や運動などに触れていくことで、部落問題に関する認識が高まってきた、実践に応用できたような側面があったわけですが、時間外労働を削減するという点で、OFFJTのような機会が減少するということも出てきています。

 数十年前には、わりと「自由」にできてきたものが、子どもたちにとってとても重要な学びの機会の提供になっていたものがありましたが、この「自由」がかなり制限されてきているという声も現場から聞こえてきています。

3 「人権」の多様化と個別性の後退

 1990年後半に、地域改善対策意見具申のなかで、部落問題を人権の視点で捉えていくということが強調され、そこから一気に「同和室」「同和教育室」などの行政の看板が「人権室」「人権教育室」とかけ変わっていきました。人権の分野が広がりを見せ、さまざまなテーマについて、さまざまな機会に取り上げられる状況となってきました。この拡がりは、個別課題である部落問題に関する学習などが後退していく状況を招いてきた側面があります。他の問題が優先され、既存の問題である部落問題が解消されたわけではないのに、実際には置き去りになってしまい、性の多様性など大切なテーマですが、現場によっては「流行性」を取り入れるという結果があちこちで出てきました。

4 同和対策事業のことを知り、地域の保護者、運動関係者などと豊かな関係にあった教職員(行政職員)の大量退職

 同和対策審議会答申が出されてから57年、同和対策事業のスタートから53年が経過した中で、当時の状況を知る人たちが大量に退職を迎え、当時を知らない人たちが増える状況となってきました。先人たちが築いてきた住民や保護者との関係、今の学校の文化や事業は、どのような差別の現実や地域の願いや思いのなかからつくりあげられてきたのかなどが次世代に引き継がれず、行事だけが残ってしまっている学校も出てきています。地域と具体的な連携を進めてきた状況に大きな変化が生じてきています。

5 部落問題を学ぶ機会を奪われた若い教職員の増加

 教育現場は大きく世代が変わり、どんどん若い教職員が増えてきました。本来、部落問題学習は部落差別解消推進法が施行され、その前には人権教育・啓発推進法が施行されるなど、同和対策事業が展開されている時代以上に、部落問題学習に取り組む学校が増え、学習経験のある生徒が増え、部落問題を学んだ教職員が採用されていなければなりません。ところが、現実はそうなっていないという状況があちこちから聞こえてきます。部落問題学習を受けたことがない若い教職員が増え、まるで生徒に教えるようなところからスタートを切る状態にあり、その分、学習内容の遅れや質の低さなど、さまざまな課題を生じさせているのではないかと想像しています。

6 部落問題を「セミオートマチック」に学ぶ機会の減少や喪失

 私が子どもの時代、先生たちは自動的に部落問題を学べる機会がたくさん「用意」されていました。例えば、保護者の会などが立ち上がり、その会に参加すれば部落問題に関する保護者の思いや被差別体験などを教えてもらえる場や人がいたわけです。家庭訪問すれば、叱責されることもあれば、激励されることもある、また保護者とお酒を酌み交わし、本音をぶつけ合い、分かち合え、さらに深い思いを知れること、暮らしの隅々まで知れる機会が「用意」されていました。他にも壮年会があったり。そして運動が盛んな時代であり、学校に自由に出入りする人がいたりして、保護者以外にも運動に携わる人たちからも部落問題だけでなく、地域の願いを知る機会もありました。時に、厳しく、鋭く突っ込まれる状況がありますが、それが学びになり、実践を高めることになったわけです。

 しかし、時代は進み、地域の状況、保護者をめぐる状況は刻々と変化していきます。地元で運動の最前線にいた人たちが次々と亡くなっています。かつての保護者は、保護者であることは変わっていませんが、学校と関わる時間や密度は大幅に少なくなり、全くなくなった人たちも増えてきました。かつてあった「オートマチック学習機会」は、今はほとんどないというところが多い中で、学校以外で学ぶ機会が喪失され、減少している状況にあるのではと想像しています。

7 地区内で増えるルーツのない保護者、地区外で増えるルーツのある子どもや保護者と、部落に関するアイデンティティ形成の変化

 6のような状況であるとの並行するように、部落差別が解消傾向になっている側面は確かにあると思っていて、被差別部落に部落にルーツのない人が結婚などの関係で転入など入ってこられる状況が出てきています。そうした保護者の中には、新たな住まいがあるところは被差別部落であることを知り、パートナーが被差別部落にルーツがあり、部落差別があることを知ってはいるものの、アイデンティティを持つかどうかは別問題です。子どもが将来的に差別を受けるかもしれないという不安を抱くルーツのない保護者もいれば、そうした不安を持たない人たちもいます。そうなると、昔あったように親の願いから、思いから学ぶ機会などがなくなり、むしろ保護者に部落問題を教えるといったことが出てくるようになってきます。

 そうした環境で育つ子どもたちも増え、ルーツのあれど、アイデンティティがない、また被差別部落以外で居住する子どもたちも増え、これまでのようなアイデンティティが芽生えない、育まれない状況となっています。あえて言いますが、それがいけないということではありません。先生が「ルーツのある保護者、子ども」と判断しても、本人たちはそう思っていない状況が出てきているということです。

 他にも、まだまだ課題があると思いますが、これだけでも劇的な変化だと思います。そうすると、このような簡単には解決、改善されていかない、むしろ6や7はますます増える可能性がある中で、今「部落問題をどのように教えればよいか」「部落問題をどのように伝えればよいか」という課題に直面する先生たち、学校が増えているのではと思っています。

 同時に、

学校側からの地域や運動に求められていることが変わっていないなかで、5~7のような大きな変化が出てきているなか、地域や運動が学校などからの要望に答えていくことができるのか、それが10年先にどうなっているのか、

とても重い課題も出てきています。

そして、長年にわたって解決できていない課題は、

都道府県、市区町村、校区によって、部落問題を解消するための教育実践に明確な差が生じ続けている

です。これは明らかなシステムの欠陥だと思います。文部科学省は学習指導要領などで打ち出していますが、このような地域間格差は解消されていません。そして、部落差別解消推進法施行後も、何の方針も出していません。誰が、どこが、文部科学省に何をどのように求めていくのか、法施行から5年以上が経過しているなかで、とてつもなく重要な課題です。

 ある一人の力のある教職員が学校をつくる・支えるというマンパワーだけではなく、

➀すべての学校で部落問題が取り組まれるシステムを構築する

②部落問題に関する授業のできる教職員の育成システムを構築する

③運動や人、地域との出会いを大切にする学校との連携体制を構築する

④授業実践に直結することができる教材を開発する

などが必要ではないかと思います。

 このような本がありますので、紹介します。


 ご覧いただき、ありがとうございました。

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