ヒューマンライツ情報ブログ「Mの部屋」68 「逆差別って主張、本当に正しい?part1

 部落問題に関して、寝た子を起こすなとともに、今なお強い影響力を持っているのは「部落は優遇されている」「部落だけよくなってずるい」「部落にだけ特別な施策が講じられている」のは、被差別部落にルーツのない側への差別だという主張があります。以前のブログで「マジョリティ差別論」という、社会的多数派であるマジョリティ(日本国内でいえば日本人、「障害」者、異性愛者、シスジェンダー、被差別部落出身でないこと、男など」こそ、今の時代、差別を受けているという主張について紹介しました。その内容は、こちらです。

 今回は部落問題の逆差別論について書きます。

いわゆる「解放令」が発布されて以降の被差別部落が置かれてきた状況

 江戸時代に制度化された身分の中で、身分外の身分に置かれた人たちは、身分に基づいて差別を受け、「一般的」な社会から排除されてきました。一方で、身分街の身分に置かれた人たちは、街の発展のためには必要不可欠な存在であることが明らかになっており、賎民身分に置かれていた中でも、特定の職業に就くことができたことから、安定した生活を送ることができるような人たちも一定数いたことがわかってきています。街の警備、犯罪人の捜索、門付けや人形芝居、芸能を担う人たちもいました。他にも、農業を行い、年貢を納めていたこと、優れた技術を持って牛や馬を解体したり、皮革を扱う仕事をしていました。

 過去に社会科で学んできたような「死牛馬の処理」や「処刑」などの人が嫌がる仕事をさせられてきたというようなネガティブなものばかりではないことが明らかになってきています。「士農工商」の身分制度は誤りであり、「武士と百姓・町人」という区分の身分制度が整えられていきました。

 そうした中で、明治時代に入り、いわゆる「解放令」と言われる「太政官布告(明治維新後、太政官が発した法令の形式)」が出されました。「穢多非人ノ称ヲ廃シ身分職業共平民同様トス(えたひにんのしょうをはいしみぶんしょくぎょうともへいみんどうようとす)」は、現代風にすると「差別されてきた人々の身分を廃止して、これからは身分・職業ともに平民と同じにする」ということであり、身分外の身分に置かれた人たちの呼び方や身分そのものが廃止されました。

 いわゆる解放令が出されたことによって、被差別部落の生活水準は急激に下降していきます。まず身分制度が廃止されたにもかかわらず、そのことをよく思わなかった人たちが多くいたことにより、「新平民」などといった差別的な呼称を新たに作り、差別と排除の対象とする状況がつくられました。解放令以降、賎民身分に置かれた人たちに対する差別意識や偏見をなくすための取り組みは、一切行われなかったからです。差別の対象となる基準は江戸時代は「職業」でしたが、解放令以降は、かつて身分外の身分に置かれていた人たちが住んでいた「場所・土地」が基準となっていきます。これが「被差別部落」と呼ばれるようになった理由の一つです。被差別部落の人たちが会社で働こうとしても、深刻な差別によって雇わないという就職差別が横行するようになっていきます。働く意志があっても、働くことを許さない、住んでいる場所・生まれた場所によって排除する問題が当たり前のようにあちこちで起きるようになっていき、仕事につけないため、貧困に追いやられる人たち

 「旧身分外の身分」に置かれてきた人たちに対する差別がなくなったのではなく、むしろ江戸時代に有していた所有地の無税扱や、今でいう食肉産業や皮革産業、警察官や裁判官、浄めに関する仕事などの独占権がなくなり、大手企業などに次々と仕事を奪われ、次々と貧困に追いやられる人たちが構造的につくられてしまうとともに、江戸時代の身分制度により貧困に追いやられていった人たちもいた中で、その人たちの生活を改善するような取り組みは、ほとんど行われてきませんでした。

 このような状況に追いやられていった被差別部落の人たちの生活は、とてつもなく苦しくなっていきます。差別によって学校に通うこともできない人たちも出てきました。「部落の子」というだけで席を分けられる、教師から露骨な差別的扱いを受ける、生活が苦しいため、学校に通わせるより、今でいう児童労働として、子どもも生活を支える一員となって親の仕事の手伝いをしたり、幼いきょうだいの面倒を見ることが優先され、家庭で学習するような機会も持てませんでした。このことによって文字の読み書きができない人たちが構造的に生み出され、当然、文字の読み書きが必要な仕事には就くことができず、とてつもなく限られた仕事として、例えば、地元では、日雇い労働、土木関係の仕事などに従事しなければならない人たちなどがつくられていきました。

 制度によって部落差別を固定化・強化した上、いわゆる解放令発布以降も、差別の解消のための教育や啓発にほぼ取り組まず、制度的に貧困に追いやられた人たちを放置してきたことで、解放令発布以降の方が、部落差別が厳しくなっていったことを受け、1871年のいわゆる「解放令」から1922年まで、国を上げて「寝た子を起こすな」が結果として実施されてきたことで、差別がどんどん厳しく、酷くなっていきました。被差別当事者は黙っているだけでは何も変わらないどころから酷くなっていく一方だということから1922年3月3日に「全国水平社」が創立されました。しかし、水平社の創立後であっても、被差別部落の生活水準の改善はほとんど行われませんでした。

転機となった日本国憲法の制定

 1947年 5月3日に「日本国憲法」が施行され、すべての人に「完全なる平等」を謳ったにも関わらず、被差別部落の人たちには、その「完全なる平等」が保障されていない状況がさまざまに生じていました。

 憲法では、

 「基本的人権の尊重」が謳われているのに、侮蔑的な扱いを受けるなど、権利が保障されない日常にあること

 「平等原則」として、「第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とされているが、「差別されない権利」が保障されず、生活のさまざまな場面で権利が侵害されること

 「職業選択」として「第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」とされているのに就職差別などが横行していること

 「家族関係における個人の尊厳と両性の平等」として「第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」とされているが、結婚差別が横行していること

 「生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務」として「第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とされているが、生活が困窮し、バランスの取れた食事どころか、お腹がいっぱいになるほどご飯を食べられないような状況にあること

 「教育を受ける権利と受けさせる義務」として「第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」「2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とされているが、当時は教科書は有償であり、教科書を帰る家庭しか子どもを学校に通わすことができなかった

など、憲法で保障されているすべての人に保障されているはずの「人権」のほとんどが保障されていませんでした。

すべての人に教科書の無償化をめざした運動

 今、教科書が無償になったのは、無償化を求める運動があったからです。1961年から始まった「教科書無償運動」です。 教科書が有償であることが経済的な負担となり、子どもを学校に通わせることができなかった被差別部落の母親たち(高知県長浜市の被差別部落)の活動から始まりました。母親たちは、学校の教師をはじめ、地域の団体や多くの人々に働きかけ教科書無償の運動を始めていきました。1963年、国会で「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」が成立し、翌年から順次施行されました。1969年には全小・中学生への無償給与となりました。この時、運動に携わってきた人たちが求めたのは「部落の生活だけを良くしてほしい」ではなく、すべての人に無償すべきだと運動を展開していきました。

 第1部はここまで。ご覧いただき、ありがとうございました。

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3件のコメント

  1. いつもありがとうございます。私もよく「逆差別」に対して昔からの長〜い話をしてきました。しかし、その度に聞いている人たちにどれだけ、またどのように届いているのか?効果はあるのか?「もちろん話力にもよりますが」と言う思いがありました。何かもっと簡単にわかってもらえるような話し方ってないかなぁ?もちろん聞く人たちの姿勢にもよると思いますが。次回も楽しみにしています

    1. いつもありがとうございます。逆差別論を有する人が、何故、奨学金や家賃設定などが低く設定されてきたのかという視点で捉え、能動的に知ろうとする姿勢を求めていくことも必要だと思います。現象面だけではなく、何故そうなったのかという裏側にあるものですね。その点では井上さんの言われる通り、知ろうとする基本姿勢が必要だと思います。
      学校教育や社会教育の機会に、なかなか同和対策事業のことを学ぶ機会がないだけに、また、女性への逆差別、「障害」者への逆差別などの問題についても同様のため、一緒になって考えていけるアプローチも進めていく必要があると思います。

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